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小人達にとってもっとも大切な環境とは? [育児]

1~2の理由もありますが、長女にとってもっとも大きな理由はこの3にあると思います実は、長女だけでなく、すべての小人達に必要なことであり、今の社会でもっとも整えられるべき機会だと思います。 

3、たくさんの大人を見ていた。

小人達は大人達を見て、真似をして育ちます。身近な大人が『先生』です。『先生』というと、どうしても教育機関の『先生』をイメージしがちですが、どちらかというと、家族や周りにいる大人が『先生』であり、小人達に与える影響が大きいと思います。以前は教育機関の『先生』も学力面、人間性等、小人達に影響力がありましたが、残念ながら昔の『先生』と今の『先生』を比較して、同じ状況を期待しても無理があります。それは『先生』の能力的なものではなく、社会、育ってきた環境の違いですそれを考慮しないで、最近の『先生』は・・・と評価するのは酷です。『先生』だって一人の人間です。大事なことは、大人=『先生』という環境をつくらないことです。お父さん、お母さん、そして教育機関の『先生』。この少ない選択肢の中から、いいところを真似して立派な大人になれ!!ってかなりハードル高くないですか?私も妻も、『先生』もそんなに人間できてないですって!!それ以上の存在になるように小人達に勝手な期待をするのは可哀そうです。英語を話せるようになってもらいたければ、まずは大人達が英語を日常生活で使うこと。読書が好きになってもらいたければ、まずは大人が新聞や読書をすること小人達がたくさんのことを考え、学べるように、多くの大人達または自分より年上の小人達にたくさん出会い、接し、観察して、自分で判断し、真似できる環境を整えることで小人達は大きく変化、成長していくと思います。大人が小人達にできることはそれくらいでしょう。

そんなこんなで、長女は2年生で半分、3年生でほとんど小学校に登校するようになりました。もちろん、この3点の理由だけではなく、それ以外の支援や出来事、仕掛けがあってだと思います。決して私達家族だけではここまでこれなかったです。多くの方々の協力や支援があったからこそです。

それに、この理由がどの小人達にも当てはまるとは限りません。私達は、100%同じ環境や機会、愛情、経済面、感性、思考、性格、成育歴を持っている訳ではありません。これが正解だ!!』なんていう不登校の解決方法など存在しないと思っています(あったら私も教えてほしい!!)。同じなのは『生きている人間』であることだけ。だから、他人の小人と自分の小人を比較するほどナンセンスなことはありません。どうせ社会にでれば常に競争社会で、他人と比較しまくりです。せめて家族といるときくらいは、自分の小人だけを見て、声をかけてあげられたらいいですね。

これからも、私はこの『不登校』という現象に向き合い続けるでしょう(というか、長女も二女もまだまだ小学校に登校していませんから)。いろいろなことを考え、感じ、小人達と一喜一憂するはずです。でも、決して焦らず歩いていきたいと思います。なぜなら、小人達が人間として生まれてきた以上、その瞬間から小人達自身の人生が始まっている訳で、私の人生ではありません。私の人生ではない以上、どんなに私が努力しても最後に決めるのは小人達です。

私にとって小人とは、とっても『身近な他人』です。そして、私や妻に『幸せを運んでくれる他人』、『私の成長を支援してくれる他人』です。だから、私も愛情を注ぎ、支援できるように努力します。それだけなのです。皆さんはどう考えますか?


不登校は・・・あってもいい!!長女編② [育児]

長女が小学校2年になった時、少しだけ小学校に登校する日数が増えました。その時、長女の表情や行動、発言も変わっていたのです。その理由はいくつもあり、それらが複雑に絡み合い、関連しているのですが、大きな理由は3つあると考えています。

1、自分の居場所を見つけた

長女は、小学校にすぐになじめず、幼稚園に通っていました。『小学生になって幼稚園に通っているってどういうこと!!』と、よくいろいろな人達から聞かれますが、要するに『自分の安心できる居場所が何処か?』ということです。大人達でも自分の居場所がなければ情緒不安定になり、その場所に行きたくないと思いませんか?その場所が「職場・仕事」と割り切る、割り切るしかない状況であれば大人はなんとか無理をして、その場に合わせようと努力するでしょうしかし、それができないため、人間関係にストレスを感じることが増え、いい仕事ができなくなり、更に自分の居場所がなくなり、最終的には精神的に追い込まれ病気になったり、退職せざる負えないことになるのでは?小人達だって同じです。一人ひとり性格やペースも違うし、自分の居場所を作り出せるかどうかも個人差があります。それを理解しないで大人達が自分勝手に期待したり、小人を責めても状況は変わりません。逆に大人達が小人達に対して落胆したり、怒りを感じたりすることで、更に家庭でも小人達が居場所を失うことにもつながりかねません。最後の居場所はやはり「家庭・家族」です。もし、それ以外に自分の居場所があれば、それはとても幸運なことです。長女にとってそれが「幼稚園」だっただけなんですもちろん、この幼稚園が人間が成長する上で素晴らしい環境があることも重要でした)。

2、自分に自信がついた

自分の居場所を見つけられたら、人間は『安心』して自分自身を表現したいと考えるようになります。自分を表現するなかで成功、失敗を繰り返し、出た結果を他者に認めてもらうことは『自信』という大きな勇気を生み出します。長女もそうでした。小学校に入学するまでにこの『自信』が足りなかったのです。まずは幼稚園という昔からいた安心できる居場所で、長女は自分自身を表現して『自信』をつけることから始めました。だから、『自信』が生まれることが可能であれば、場所はどこでもかまわないと思います。なにも勉強をする場所でなくてもいいのです。第一、自分にとって「安心」「安全」がないと「勉強」なんて集中してできません。正直、小中学年の勉強であれば、時間を確保できれば小学校の先生でなくても十分わかりやすく教えることができます。大切なことは、どんな取組にもある程度の『自信』がつくような環境を、親や大人達が作り出すことができるかどうかだと思います。実は、この環境づくり、以外に簡単そうで簡単ではないのです。時間もかかりますし、小人達が『自信』をつけるまで、根気強く『待つ』ことがとても大切です。忍耐力です。いくら大人が不安だと思っても、指示せず、焦らず、怒らないで、小人を信じてただひたすらに『待つ』ことができないといけません。そのためには大人たちは何があっても小人を信じ、責任は自分が取る!!くらいの腹を括らないといけません。それは会社でも一緒!!社長がそれくらい責任取れないと部下はいい仕事しませんし、愛着も持ちませんわ!!おおげさのような感じもしますが、私は今でもそう思って子育てをしています。人材育成も子育ても、人を育てるって意味では共通です。そりゃ~そんなに楽ではないですよ~。個人的には、この後押しがあって初めて、小人達は学校や社会へ一歩踏み出せるわけで、その後押しこそが親や大人の大きな役割と考えています。みなさんはどう思いますか?

 


不登校は・・・あってもいい!!長女編① [育児]

パパです。今日は幼稚園には行かず、午後からのオープンハウスに向けて自宅清掃。私以外の妻と4人の小人達はトモ〇幼稚園に行きました。いいなあ~。明日はみんなで一緒に行きたいです。

以前、ブログに書きましたが長女と二女は不登校児です。不登校とは『児童や生徒がいろいろな理由で学校に行かなくなること』(小学国語辞典、ベネッセより)、『何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、登校しない、あるいはしたくともできない状況にあるため年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの』(文部科学省定義)となっています。

現在、長女は週に2回程度小学校に行っています。二女は昨年の5月くらいから小学校を休み始め、夏休み以降は1回も行っていません!!ある意味、すごいです。私が小学校の時には、ありえな~い!!どんなに体調が悪くても親からは「学校は休むな!!」と無理やり登校させられましたよ。

だから、長女が小学校に入学して三カ月もしないうちに不登校になったときは、その事実を受け止められず、自分の怒りや不安に任せて長女に対して強制的に小学校に登校するように強く言いましたでも、強制すればするほど長女は情緒不安定になり、私に対して次第に心を閉ざすようになっていきました妻とも長女の不登校の件でケンカも増えました。両親や周りの人たちからもいろいろ言われました。いろいろと工夫して何とか長女を小学校へ行かせようとしましたが、結局は1年生として登校した日が90日程度でした。担任の先生も心配して自宅に来てくれたりしたんですが・・・。当時の私は、長女はどうなるんだろうと不安でした。そして今、考えるとその時の私は、アホで固定観念にとらわれていた、ちゃっちい大人でした(苦笑)。

しかし、ある時思ったのです。「ま、学校に行かなくても、人間として大切なことが育っていればいいか!!」。結論からいうと、長女は小学校ではなく、別の場所、幼稚園でしっかり人間として大切なことをはぐくんでいたのです。感性、発想、企画力、行動力、思いやり、やさしさ、人との距離感・・・。今の若者に足りないと言われることがすべて身についていました。そこに私が気が付いていなかっただけなのです。妻は早くからそのことに気がついていて、長女を絶対的に信じていましただから、不登校について長女を責めなかったし、登校の強制もしませんでした。ただ、周りの人たちには「小学校に行かなくても桃〇は大丈夫です!!」と説明していました。いや~、妻は本当にすごかった!!(今でも私は敵いませんが・・・)その代わり、長女と二女と一緒に幼稚園に毎日通っていました。

そんな時、長女が少しずつ変化してきたのです。というよりも、私が長女の成長する姿に気がつくようになったのかもしれません。小人達の成長は一瞬で始まり、注目しないとよくわからないこともいっぱいあります。どの小人達も日々の出来事の中で何かを感じ、考え、行動するなかで成長しています。その事実が「当たり前」と大人達が考えているだけで、その過程は大人達よりも数段人間的に優れているのです。そのことを私は長女から学び、そして「不登校」という事実に怯えたり、不安になったりすることもなくなったのです。そもそも、小人達が「小学校に毎日登校する」ということは、当たり前!!って、本当に正しい考え方でしょうか?もしかしたら、それって、小人達たちが小学校に通っていれば、学力がついたり、人間関係が身に付いたり、心身共に健康的に成長できたり・・・なんて大人達が勝手に小学校に期待しているだけではありませんか自分の小人が「不登校」ではないことで、単純に大人が不安を抱かなくてもいい世間体も気にしないでいいと思っているだけと安心しているだけではないでしょうか?「不登校」は特別な現象ではありません。いつ皆さんの小人達がそうなるかなんてわかりませんよ。他人事ではないと思います。


引き継がれる物 [育児]

パパです。先週末に自宅売却のためオープンハウスを実施。前日までにとにかく片づけ、整理整頓、清掃と頑張って、なんとか人を招き入れることができる状況ができました。当日は結局、2組の家族がやってきて、自宅を見ていきました。午前中に来た1組は、少し年配のご夫婦、午後には、とても若い夫婦と赤ちゃんがやってきました。

若い夫婦と赤ちゃんに妻は興味しんしんで、気がついたら奥さんに声をかけて赤ちゃんを抱いていました。私も抱かせてもらいました。生後二カ月だそうで、とても柔らかーいし、温かーい、そして軽ーい。やっぱり赤ちゃんはいいですね。その存在と姿だけでとても幸せな気持ちになります。しかし、小さいですが、もう立派な人間!!言葉ではありませんが、不快なことはしっかり泣いて意志を示します。これからもお父さん、お母さんに支えられて幸せに成長してもらいたいです。

ひととおりの部屋の説明をして、地下にある物置場に案内した際、中に置いていた使い終わったベビーベットを見て何気なく一言。

パパ「いや~、ベビーベットを処分しようと思っているんだけれど、なかなか処分する機会がなくって、物置にしまっているんだよね~。ベビーベット持ってる?」

奥さん「いえ、持っていないんです

え~~~!!持ってないんかい!!って生まれてもう二カ月ですよ~。マンション購入検討する前にまずはベビーベットを購入でしょう~~~。

パパ「でも、しばらく使っていないし、あげるにもちょっとなあ~」

そんな会話をしながらまた部屋に戻り、若い夫婦が帰ろうとした時、妻が長男が赤ちゃんの時に使っていたオルゴール付きのメリーゴーランドを持ってきて奥さんに一言

妻「よかったらこれ、使う?まだきれいだし、ベビーベットにつけると赤ちゃんが喜ぶよ」

奥さん「いいんですか、欲しいです!!」

妻「じゃあ、これも欲しい?」

出してきたのは、長女が生まれた時にもらったベビーチェアー。型は古いですが、あまり使う機会もなく、比較的きれいな状態でしたが、もう使う機会もないだろうと廃棄処分をしようと思っていた物です。私はさすがにこれはもらわないだろと思っていましたが、

奥さん「欲しいです!!・・・もし、よかったらベビーベットも欲しいです!!」

え~~~~!!マジですか!?しばらく使っていないけど、壊れているわけでもなく、まだまだ十分使える物なんですが・・・。でも、私と妻の答えは決まっていました

パパ「赤ちゃんのために使ってもらえるなら喜んであげるよ」

奥さん「ありがとうございます!!」

こうして、オープンハウスに来た赤ちゃん連れの若い夫婦は、部屋を見に来ただけでなく、4人の小人達が使っていた思い出の品々を持って帰りました。その夜、妻と二人で本当によかったねと話をしました。何か、愛着のある物を処分するのはちょっと気が引ける。けれど、その物がまた新しい赤ちゃんのために活躍できるのであれば、あげた私たちもとてもうれしい!!だって、今まで4人の小人達の成長を支えてきた物だし、ベビーベットは、我が家の小人以外の小人にも使われていて、通算、6人の小人達の眠る場所になっていました。この歴史を冷静に考えると、結構すごいことなのではないかと思いますさらに、一時間前までまったくの他人だった夫婦の赤ちゃんに受け継がれていくとは・・・本当に偶然、何か縁かもしれません。でも、私はそんな偶然と縁は素敵だと感じます。

新しい商品を購入して、必要がなくなればすぐ捨てる。こんな消費社会の中では、リサイクルショップで物を購入することはあっても、知り合いからお下がりをもらって使用する機会はあまりないかもしれません。ましてや、まったく知らない他人からなどはありえないことでしょう。この若い夫婦がオープンハウスに来てくれたことでベビーベットとベビーチェアーは、新たな赤ちゃんの成長を支えることができるようになりました。人が大切にしていた思い入れがある物が、どんどんいろいろな人たちに受け継がれ、それが人々の役に立ったり、幸せにつながれば最高ですね。そこには人々の人間関係や縁、絆がとても関係していると思います。こんな機会をこれからも大切にしたいものですね。ちなみに私の大切な物は、97歳で亡くなった祖父が23年前から使っていた本棚で、しばらく私が使った後、今は9歳の長女が部屋に置いて使っています。皆さんを支えてくれている大切な物は何ですか?


スター!!プロ!!、そして、ただのプロ?! [育児]

パパです。今日は夕方の5時半から近くのつぼ八で、幼稚園のお母さん方と新年会の妻。まだ帰ってきません・・・盛り上がっているのですね~。いつも頑張っている妻なので、たまには息抜きして楽しい時間を過ごしてもらえたらいいなあ~と思います楽しいことをした後の妻は、小人達だけではなく、長男の私にもやさしいので・・・)。

さて、先週に沖縄旅行に行ってきたことをまだ書いていないので、今日はその中の一場面を紹介したいと思います。父の紹介であるリゾートホテルに宿泊していたのですが、その宿泊客の中に、なんとJリーグの選手がいることがわかりました!!某清水エスパル〇の選手たちで、オランダでプレイしていた某元日本代表の小〇選手も宿泊していました!!でも、夕食会場は姿はなく、選手らしき体格のいい男性が7名ほどいるだけでした。なんか芸能人、モデルの女性らしき人も同席していたような・・・。小〇選手以外はあまり興味がなかったのですが、ある一人の選手に目が留まりました。まだ若い選手ですが、礼儀正しく、夕食で一緒になった小人達にもやさしく気軽に声をかけていたりして・・・。その時に何か違うなあという雰囲気を感じました。

翌日、朝来るまで出かけようとしたとき、ついに小〇選手と遭遇!!本物ですよ!!触りた~い!!しかし、自主トレ前に忙しそうだったので私は遠慮しましたが、妹の小人が一緒に写真を撮ってもらいました。いや~、嫌な顔ひとつしないし、紳士でしたよ~何よりスターとしてのオーラがすごかった!!やっぱり、他のJリーガーと格が違うと感じました。やはりいるんですねこういう人物が。

3日目の夕方、部屋のベランダに出てみると、隣の陸上競技場でサッカーの練習試合が行われていました。その中には日本サッカー協会のビブスを着ている選手が・・・。競技場に行くと地元の高校生とJリーガーが一緒に練習試合を20分5セットしていました。小〇選手もいなかったので残念でしたが、とても興味深い光景を見ました。それは、先日目にとまったJリーガーの言葉かけと真摯な態度でした。他の6名は、試合中に一緒にプレイする高校生には何も声や言葉はかけず、ただ自由気ままに個人プレイをするだけ。練習試合を軽い調整程度と捉えていることがプレイからわかりました。しかし、その選手は違いました。サイドバックでプレイし、試合前には同じDFの高校生とポジション、動きを確認し合い、試合中も声を出して、ラインディフェンス、カバーリングを指示しながら、DF陣を統率。試合後も必ず高校生に声をかけて、修正点やアドバイスを身振り手振りを踏まえてしていました。高校そこには、高校生の役に立ちたいという姿を感じました。何より印象的だったのは、些細なミスからボールを奪われた高校生に対して『ミスはしょうがない!!切り替えて、切り替えて!!ボールから目をはなすなよ!!』と声をかけていたことでした。その姿は見事!!高校生すべてを勇気づけ、チームがまとまり、サイド、中央、どこからでも果敢に攻めてシュートで終わる、Jリーガーに対しても背後を取られないディフェンスと、カバーリングをしました。相手チームにもDFにJリーガーがいましたが、逆にまったく声を出さず、DFの統率もしないために簡単に攻め込まれ、結果的に高校生に4点を献上することになりました。確かにJの選手は技術的には素晴らしかった。でも、それだけではただのプロ。どんな時でも大切なことを意識しないで、高校生との練習試合だからといって流したり、自分勝手にプレイするようでは、Jの試合でも常に活躍することは難しいでしょう。サッカーはチームプレイ。よっぽど個々の技術の差がなければ、チームとしてまとまりがないチームは勝てないと改めて感じました。そして、そのチーム力を高め、統制するためには、『言葉』の重要性を認識して、日々の言葉かけ、コミュニケーションを常に体現できること者こそが本物のプロ!!なんだと感じさせられました。

その後、ホテルに帰って夕食に行こうとロビーに行った時、あの選手が高校生数人と顧問の先生に挨拶を交わしていました。そこでも高校生一人ひとりに声をかけ、アドバイスをしたあと、最後に「今日は本当に楽しかったよ。ありがとう。また、来年ここで一緒にプレイしような!!」と言っていました。この言葉で高校生は勇気づけられ、喜びを感じたはずです。この『言葉かけ』一つが高校生のサッカーの技術だけでなく、人間としての成長を促し、サッカーの楽しさや喜びをまた次の世代に広げることになるといいなあと思います。短い時間の中でしたが、彼からプロ選手として、いや同じ人間としての姿勢と真摯さ、改めて『言葉』の重要性と意義、価値を勉強させてもらいました。皆さんは小人達に日々どんな『言葉かけ』をしていますか?

さて、妻はまだ帰ってきません・・・。7時間半以上も居座られるつぼ八の皆さ~ん。すいませんね~。いや~お母さん方ってほんとパワフルです。でも妻よ、明日は幼稚園の家族ディなので、またお母さん方にも会えるし、もうそろそろ帰って休まないと大変だよ~。では、おやすみなさい。

~今日のありがとう~

ちなみに、気になったJの選手は、今季はモンテディオ山〇に期限付きで移籍することになりました。ちょっとハンドボールの宮崎選手に似ていて、イケ面で~す。完全移籍ではないので、清水エスパル〇も期待している選手なのでしょう。まだ若いですね。よりもずーと若い彼から大切なことを気づかせてもらました。本当にありがとうございました。山〇に移籍してもスタメン獲って活躍してくれたらうれしいです。またどこかで会えたらいいなあ~。


人間は忘れることが「素晴らしく」、思い出すこが「また素晴らしい」 [育児]

パパです。ここ二日間、家の大掃除に追われました。明日に自宅売却のためオープンハウスにするためです(結局、都合により明日はキャンセルとなりましたが・・・)。まあ、年末大そうじをさぼったため、かなり大変!!おかげで楽しみにしていた幼稚園にはいけず残念です。しかし、日曜日には幼稚園の家族ディなので楽しみです。はやく小人達に会いたいです!!

夕方になり、追い詰められた私は、自分の部屋を整理整頓後、小人達の2部屋の清掃、整理整頓に着手しました。普段は絶対小人達の部屋掃除などしないのですが、オープンハウスになった場合に玄関入ってすぐに小人達の部屋なため、その印象が悪いと売れない!!ついに私が出動となりましたとにかく物が多い!!そして部屋の片づけができていない!!しばらくボー然・・・。私は小人達のシモベではありません。とはいえ勝手に物を処分できないので、最後の手段にでました。物をとにかくバックや段ボールに詰めて、クローゼットやベランダに出す!!荒業ですが、確実に部屋を広く見せることが可能ですし、物の少ないシンプルな部屋はきれいに見えます。スポーツバック、エコバック、最後にはクーラーボックスにまで服や書類、おもちゃ、ぬいぐるみ等を詰め込み、もうすぐ終わる!!というときに不動屋さんからあすのオープンハウスはキャンセルという連絡が・・・。あと1時間早く言ってほしかった!!クーラーボックスに入っている「シフレ」と「コフレ」(プリキュアの妖精)がく私をすくす状況を笑っているように見えたので、しゅーりょう。放置しました。あ~しんどい2日間でした。

でも、いいこともありました。久しぶりに整理整頓をしたため、「だんしゃり」ができたことと、思い出の品々を改めて見直すことができました。特に写真と手紙が嬉しかった!!昔の小人達だけでなく、自分のことを思い出させてくれる大切な宝物ですね。人間は物事を『忘れます』。それをネガティブに捉える方もいますが、それは生物的な摂理であって、拒絶することはできません。かえって『忘れる』という行為があって初めて人間は生きていけるし、素晴らしいことではないでしょうか。過去の成功を忘れられずに新しいことに挑戦できなかったり、現状をみとめられなかったり、過去の失敗を忘れることができなかったら臆病になったり、苦しみや悲しみにとらわれたままになるかもしれませんある脳科学者が『記憶は年齢と共に衰えるのではなく、年齢と経験により「自分にとって大切なことであると認識した出来事や物事を覚え、そうはない場合は忘れていいと脳が判断する』と話していました。自分にとって大切はことは覚えていたいですが、そうではないことは忘れても神様は怒らないと思います。すべてを抱えて生きていくのはとても辛く、大変。だから、忘れていいと思うのです。そして、ふとしたきっかけや瞬間に『思い出す』ことができたら素敵で、過去を振り返りながら新たな思いや勇気を手に入れてまた成長や人生を歩んでいけると思うのです。手紙や写真はそのきっかけに過ぎませんが、人との出会いや言葉、思いをとても素直に思い出させてくれます。記憶にない女性からの手紙にドキッとしたり、どこで出会ったかな~と真剣に悩んだり、その時私は何をしていたかな、何がやりたかったのかな、そして、現在の自分はどうなのかなあ~なんて考えたりします。新聞や書籍、インターネット、身近な人々から学ぶことはたくさんありますが、過去の自分自身から学べることもまた重要だと思います。その意味では『思い出す』こともまた素晴らしい体験なのではないでしょか。そして、いつの日か忘れ、いつの日か思い出すという連続の中で新たな自分に出会い、再び出会う縁や絆もあるはずです。ホントに人間はうまくできていますね。

ちなみに三姉妹の写真はほとんどそっくり!!長女と二女はよく「双子ですか?」と言われたし、また、少女と三女がまた似ている・・・。本当に長女は生まれたばかりは小さかったのに、今は身体的にも大きく、精神的にもかなり大人レベルに追い付いています。二女の写真は不機嫌そうで、今も変わらずです。三女の写真はまだPCの中で、ほとんど印刷されていません(苦笑)。私と妻の結婚式では二人とも若く痩せていましたが・・・。写真ってある意味で罪ですね。もっとも驚いたのは、28歳で福祉現場で働いていた時に撮った写真で、自分の来ていたジャ~ジが、なんと!!中学校1年(13歳)から着ていたものでした(苦笑)。実は、高校の部活で使用していたジャージは今も健在!!よく活躍しています。たまに部活のことを思い出してうれしくなります。『忘れること』『思い出すこと』によつ一喜一憂はおそらく新たな幸せの形を生み出すきっかけになると思っています。

ちなみに、妻以外の女性の写真や手紙は、バレると家族内に大変な嵐を吹き荒あす原因になるので、こっそり見ましょうね~。

さあ、明日にはどんな一日が待っているか楽しみです。では、おやすみなさい。


長所はなんでしょう? [育児]

パパです。今日から小学校が始まり、普段あまり学校に行かない長女が登校しました。去年の夏くらいからからほとんど学校に行っていない二女は、当然登校せず・・・。まあ、それもOK!!明後日から長女、二女、三女、長男、妻、そして私と幼稚園生活が始まります。最後の幼稚園ライフを家族みんなで楽しみたいと思います(家族全員で幼稚園に通うのは日本で我が家だけかも?)。

昨日、自由研究を兼ねて沖縄旅行で三姉妹が作ったアロマキャンドルを見ていました。妻から「誰がどれを作ったのかわかる?」と言われ、答えると正解はゼロ!!三姉妹の知らないこだわりが作品から見えてきました。

妻「パパはまだまだ三人のことが理解できていないね~。すべての作品に三人の性格がよく表れているんだよ。まさに、箱庭療法って感じだね~。」

箱庭療法って何!って感じですが、興味のある方がどうぞ・・・(大学で心理学を勉強していた妻はたまに私の知らない呪文を言います)。でも、妻が三姉妹のそれぞれの作品を説明してくれて、改めて妻は本当に小人達をよく見ているなあ、理解しているなあと感じましたやはり、半年程度の主夫では敵いません。仕事ばかりに目が行って、今まで三姉妹に関わることをしなかった私は、三姉妹のことをあまり理解していませんでした。仕事を辞めて小人達と時間を共に過ごし、少しは小人達の何かがわかってきた感じです。その時、ふと4人の小人達の長所ってなんだろうと思いました。

長女(9歳)は、誰にでもやさしく接することができ、思いやりがあるところ。二女(7歳)は、どこでもすぐに眠れるところ。三女(4歳)は、初対面の大人でもすぐに打ち解けられるところ。長男(1歳)は、笑いながら私に暴力をふるうところでしょうか?!(最近は家族全員に笑いながらこぶしを振います)。

もちろん、他にも違う長所もありますが、以外にでてこない!!むしろ、親の勝手な思い込みや価値観で短所ばかり気にかかることもあります。でも、小人達にはまだまだ長所を増やしたり、伸ばしたりできる可能性がたくさんあります。要はその長所に周りの大人が気がついて、言葉でその長所を伝えてあげられたらいいのではないでしょうか。

私は、小人達の発想や行動はすべてが「才能」だと考えています。二女のすぐ寝れるところなんて最高ですよ。人間は眠らないと生きていけないし、それがどこでもできるなんてすばらしいと思います。字がきれいとか、挨拶ができるとか、お礼がいえるとか、食事を残さず食べられるとか・・・小人達が普段できていることは決して「当たり前」ではありません。小人達は周りの大人達の姿を観察し、そして『模倣』しているのです。あまり学術的ではありませんが、継続的に何かや誰かを『模倣』することで小人達は行動し、反応していくと思います。今のすべての行動は、生まれた瞬間から身に付いているのではなく、『模倣』して、それが小人達自身の中で『大切なこと』と感じたことが日々の生活で表現できているのではないでしょうか。それは決して「当たり前」でも「親が言っていたから」といって身に付いたのではなく、小人達自身が『大切なこと』と感じられた感性があり、継続しようという意識が育ってきた証だと思います。それはまさに『才能』ではないでしょうか。私はまだまだ4人の小人達の『才能』に気がついていないだけそれに気がつけば気がつくほど喜びを感じると同時に、小人達の『才能』に嫉妬するかもしれません皆さんの小人達の『才能』は何ですか?

ちなみに、4人の小人達はどこでもすぐに寝られます。誰の『模倣』かなあ~と考えていたら、いつもいびきをかいて一番最初に寝るのは妻でした!!そして、小人達のいいなあ~と感じる『長所』も、実は妻がすべて持っている『才能』でした。ちょっと妻に嫉妬し、そして、やはり妻にはかなわないし、結婚できてよかったなあと思いました。

 


『奇跡』と『偶然』が重なった瞬間ってありませんか? [育児]

パパです。沖縄旅行最高でした!!その話はまた後程にして、今日あった出来事から。沖縄旅行の疲れと二日間連続の夫婦げんかで最悪な心身状況だったのですが、訳があって家族で小樽にいきました。昨年末に長女が言った一言からこの素敵な一日が始まりました。

長女「パパ、桃は冬休みの自由研究はオルゴールを作るから!!だから、どこで作れるか調べておいてね。」

パパはパシリですか?!しかし、小人達にパソコンは使わせていない・・・。沖縄旅行から帰ってきて始業式までに自由研究が完成できないとマズイので、近場の小樽でお店を検索、旅行前に予約をしていました。体調も気分も最悪でしたが、いまさらキャンセルもできないので、しかたがなく自宅を9:30に出発。道中はパパと妻の雰囲気は最悪。ほとんど会話なしで、小樽に到着しました。

お店では最初にオルゴールの曲を選び、箱を選び、最後にデコレーションをします。完成までの時間は約2時間。その時間は妻が三姉妹に付き添い、パパは長男と小樽の観光スポットを散策することになりました。長男は小樽の観光スポットに興味はなし!!あえて興味をしめしたのは、動物のぬいぐるみだけを扱ったお店(なぜ、小樽で動物のぬいぐるみ店なのか?)。動くぬいぐるみに怯え、こどものおもちゃコーナーで30分以上二人で遊んでいました(何も買わなくて長いしてすいません)。

昼食後、家族みんなで小樽市内を歩き、少し休もうということになりました。すると、妻が突然「あの喫茶店に行こうよ」と言いました。そこは北〇硝子の中でアルコールランプだけの灯りで店内を照らす喫茶店でした実はこの喫茶店、10年前にパパと妻、妻の友人と初めて訪れたお店でした。妻の友人が小樽に雰囲気もよく、とても大きいシュークリームが食べられるという話を聞いたらしく、二人で友人を小樽に案内した時に出会った場所でした。その時は長女もまだ生まれていない時で、まさか10年後に4人の小人達を連れて思い出の場所を再び訪れるとは思いもしませんでした。そして、そのときとまったく同じ、コーヒー二つに大きなシュークリームを二つ注文しました。

パパ「なんか不思議だね~」

妻「あの時は札幌に移住してすぐだったし、まさか小人達を連れてまたこの場所にくるとは想像できなかったね。」

パパ「それも4人なんてあの時には考えられなかったよな~」

そんな話を二人でしながら、大きなシュークリーム1つを三姉妹が自分たちで仲良く切り分け、喜んで食べている姿、そして、1歳なのにパパと妻以上にシュークリームに食いつく長男の姿を見て、何か2日間続いていたケンカがとてもつまらない出来事に感じて、お互い自然に仲直りできました。家族で写真を撮った時、次はいつごろまたこの喫茶店に来れるか、そのときにはみんなどうなっているか本当に楽しみになりました。

小人達と出会った『奇跡』と10年前の『偶然』という時間が重なった瞬間、とても幸せな気持ちになりました。もしかしたら、その幸せな瞬間は、長女が「オルゴールを作りたい!!」と言ったときから始まっていたのかもしれません。素敵な瞬間を演出してくれた小樽という街、そして家族のみんな、本当にありがとう。これからも家族で楽しい時間をみんなで過ごしていきたいね。

~今日のいいこと~

小樽でスタンプラリー参加しました。無事コンプリート!!素敵なプレゼントを家族全員もらいました!!あと、ルタ〇の有名なケーキを初めて買って食べました。なまらうまかったです(今更ですが・・・)。


幸せな『誕生日』ってあるんだ~と感じた瞬間。 [育児]

パパです。先日の7日に40回目の誕生日を無事迎えました。昨年は誕生日を迎えることが『当たり前』と感じていましたが、今年はその瞬間を迎えることができて本当によかったと思います。いろいろな人たちから声をかけてもらったり、プレゼントをもらったりしました。それぞれ嬉しかったのですが、本当にうれしかったのは長女(小学校4年)からの手紙でした。本文をそのまま記載しようと思います。

パパへ

おたんじょう日おめでとう。ママとパパが生まれた日はうまくせつめいできないけど、たいせつな日。ママやパパがうまれてけっこんして、ここに桃〇、菜〇、鈴〇、桜〇がうまれた。これからもかぞくでとってもしあわせな日々をおくれたらいいなと思います。これからも一家をささえてください。これからもよろしくね。  桃〇

パパの小人達は、パパの誕生日にお金で買った物をくれることはありません。たいてい手紙、折り紙で作った飾りや動物達となっております。時には誕生日にカエルの折り紙!!なんてこともありました。ただ、その時に自分のできることを考えて準備したり、形にしてくれることが本当にうれしい!!でも、それらは余裕をもって事前に準備しているものではなく、誕生日当日に焦って準備かい!?なんて感じです。上記の長女の手紙は、パパの誕生日会が始まる5分前から書き始めてました(手紙を入れる手作りの封筒は5分程度)。それでも気持ちがこもっていることを感じますなにも長い時間や多額なお金を使うことだけが、お祝いの気持ちを伝えることではないと思います。なんか40歳になると涙もろくなって、その手紙をみんなの前で読んだ時に泣きそうになりました。改めて言葉とは、人を生かすものということを実感し、長女の言葉から新たな生きる目標と勇気を感じることができました。本当に幸せな『誕生日』を迎えられてよかったです。来年も家族で一緒に幸せ『誕生日』を迎え、小人達の気持ちをどんな言葉や形で投げかけてくれるかが楽しみです。皆さんにも今年、幸せな『誕生日』が訪れることをお祈りします。では、おやすみなさい。

~きょうのありがとう~

今日ではありませんが、明日から沖縄へ3泊4日旅行に行ってきま~す。発案者は母親です(企画、予約、その他の連絡調整はパパですが)。誰かが『いくぞ~』って言わないとなかなか実現しない、できないことが多い中で、声をあげてくれた母親に本当に感謝です。ありがとう!!11名の大家族で沖縄へ乗り込み、たくさん楽しんできたいと思います。


「子どもとは不快な隣人ナンバーワンである」ってことも・・・ [育児]

パパです。今日『月刊福〇』という雑誌で「平成〇族考」というコラムを読みました。その中の文章が今回のプログのタイトルです。心理カウンセラーの〇〇奈々とう方の連載ですが、興味のある方は読んでみてください。

この表現を見て、パパは深い~~が50%う~~んが30%、極端な表現すぎるな~が20%と思いました。内〇樹さんというフランス現代思想を専門にしている先生の言葉らしいのですが、皆さんはどう考えますか?50%共感できるのは、パパも正直そう考えることがあるからです。うざったいと感じることだってありますよ。なぜなら、パパと小人達は、血はつながっていてもあくまでも他人であり、自分の時間や人生の中でパパと違った意見や行動、感性をもっており、互いに理解し合えないことがあるからだと思いますある意味では普通の感覚かもしれません。

う~~んが30%なのは、小人を『不快な隣人』と感じるのは、大人が常に小人に対して期待した結果を求め、その結果が期待していたことと異なると腹が立ったり、落胆したりするからだと思います。期待通りの行動や結果なら人は『不快』に思いません。小人に勝手に「期待」を押し付けても・・・。でも、実際、日々子育てや育児に追われ、そこにストレスを感じるますよね。パパも「ふざけんな~」とか「このやろ~」って叫びたくなるし、時には思わず手が上がりそうになることだってあります。不快に感じることだって悪いことではないと思います。個人的にはそこを誰も責めることはできない・・・。でも、冷静に考えてその発言や行為自体にまったく罪悪感を感じなくなることには、個人的に賛同できません。いずれその行いは、小人達が成長していく中で、大人達に2倍、3倍の苦しみになって返ってくるのではないでしょうか。愛情は抱き締めること、話を聞いて、自分の意見や考えを伝えること、泣いているときは近くにいてあげること、頭をやさしくなでてあげること。真摯に怒ることでいいんでないでしょかその行為は、別に小人でも大人でも同じ。そして、気が付いていないかもしれませんが、小人達はそれに対して大人にも愛情を返してくれると思います。

極端な表現は、はっきりしているのでインパクトもあり、わかりやすいです。反面、それを共感できない人にとっては「不快」であり、理解する気持ちになりません。少なくても『ナンバーワン』という表現は適切なのかなあ~と思いました。

でも、内〇さんの言葉が、自分の考えや行動の振り返りになってよかったです。今の自分の考えが常にベストではないですし、「当たり前」ではないです。それに、内〇さんはその言葉には別の真意があったり、前後の文章で何か大切なメッセージを伝えているかもしれません。おそらく、心理カウンセラーが自分の主張を根拠づけるためにインパクトのあるこの文章を引用したにすぎないのでしょう。

最近やたらと「心理〇〇士」とか「〇〇カウンセラー」とかよく聞きますが、どうなんでしょうか?精神科医とか臨床心理士は理解できますが、それ以外の心理系の職業はどうもよくわかりません。元教員とか、教育相談員とか、今まで『教育という「枠」』の中で子どもや家族を見ていた方が「教育カウンセラー」として今の小人達の世界を理解して発言しているかどうかがいまいち・・・。もうそろそろ「教育」という領域だけで小人達や家族を評価、判断して支援することに限界があると気が付くべきです。潜在化している、相談できない小人や家族を「教育」「心理」「福祉」という枠を超えて、それぞれの関連職業の方が協力して支援できる体制があればいいですね。そうすれば『不登校』等の問題も違う視点や捉え方ができるようになり、小人達や家族にも光が見えるような気がします。みなさんはどう思いますか?

~今日のいいこと~

食事後、久しぶりに4人の小人達と一緒にお風呂に入りました。いつもは、長男、三女、二女、長女の順番でお風呂に入りますが、今日は全員集合!!4人か~~って、改めて見るといろいろな行動や個性があってすごいなあと思いました。今年もいろいろなことをやらかしてくれそう・・・。楽しみになりました。


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