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失業、家事、育児、出会いと発見、そして新たな挑戦へ [育児]

パパです。今年も残りわずか。今年はいろいろありました。去年の今頃は自分がこんなふうな生活をするとは予想しませんでした。①退職により失業生活へ専業主夫となり、本格的に家事、育児を担ったこと、幼稚園での新たな出会いと発見、そして、④来年からの新たな挑戦へある意味ジェットコースターみたいで大変なこともありましたが、自分自身もいろいろな経験の中から成長できた気がします。

①退職により失業生活へ

8月末で退職し、失業生活へ突入しました。経済的な基盤を失うことが、心身共に負担になること、生活自体も苦しくなること、給与が毎月手に入ることが「当たり前」と感じていたことが間違いと気がついたこと、再就職がとても困難なことなど、今まで考えなかったことを体験しました。世の中、そんなに甘くはなく、改めてこの社会において「当たり前」という概念はないことを認識しました。

②専業主夫として家事、育児を担ったこと

働いていた時、「お父さんの役割は稼ぐこと」とか「お母さんの役割は家事や育児」「仕事のほうが家事や育児から比べたら楽」なんてことも考えていました。しか~し、その発想は変化しました。どちらが大変、お父さん、お母さんの役割は区分けなんてできないし、一方が背負うものでもないと考えるようになりました。仕事をして稼ぐことは大変なことはわかっていましたが、家事や育児もかなり疲れ、ストレスがたまると感じました。妻が資格を取るために三カ月間、朝から晩まで不在だったため、ほとんどパパが担当したことが新たな考え方や感じ方がうまれました。朝から洗濯、掃除、みんなの弁当作り、小人達と一緒に幼稚園に通園、夕食作り、小人のお風呂、寝かしつけ等・・・。やることがかなりあり、それが絶え間なく続くのです。正直、仕事をしていたほうが気持ちの切り替えもできて、いいかな~と感じたこともあります。お父さんが家事や育児をお母さんだけに任せていると、いづれお母さんは心身共に疲れ果て、家出しますよ~。

③幼稚園での出会いと発見

8月以降は長女、二女が卒園した札幌の南区にあるトモ〇幼稚園に小人達と一緒に通うようになりました。トモ〇幼稚園は、「創造の森」と言われ、人里離れた野山の中にあります。そして、小人と大人が一緒に幼稚園で時間を過ごすことになります。おそらく、大人達も一緒に幼稚園に通園するのは札幌ではここだけ。全国的に見ても珍しいと思います。そのため、全国から見学希望者も来ます。いろいろな特徴もありますが、もっとも特徴的なのは、小人達が自分で自分の行動を決めて、楽しむことです。基本は年齢で区別はしません。そのため、0歳と5歳の小人が接することも日常茶飯事。小人と大人が関わることも普通で、パパも自分の小人達以外と関わることが多くなりました。そこで発見したことは、こどもは「子供」ではなく、「小人」であり、大人と同じ人間であること、そして、小人のほうが、大人よりもすぐれた考えや発想、感性などを身につけていることでした。同じ人間なので関係は対等。その発想の中でパパも小人達からいろいろなことを学ぶことができました。また、同じ幼稚園に通っている小人達のお父さんとの交流もでき、新たな楽しみや自分の考えや感性、価値観を見直すきっかけになりました。これらすべての出会いがなければ、来年からの新しい挑戦はなかったと思います。短い文章では伝えられないので、興味のある方は「札幌、トモ〇幼稚園、創造の森」で検索してみてください。そこには皆さんが今まで想像もしなかった幼稚園の姿を見ることができると思います。

④来年からの新たな挑戦へ

退職してから次にどうするか・・・。いろいろと考えましたが、自分の本当にやりたいことに挑戦したい!!と決意して、9月~12月中にいろいろと活動しました。その結果、来年4月から新たな挑戦ができるようになりましたここに行きつくまでにはいろいろな方に迷惑をかけ、家族には不安を与え、パパ自身も苦労しました。妻や小人達、周囲の方々の理解や支え、そして自分自身の努力の結果として道筋が立ったことはとてもうれしかったです。もちろん、すべてがうまくいくとは限りませんし、不安もあります。しかし、これから自分がどれだけやれるか、どれだけ成長できるかを考えると楽しみでもあり、自分の夢に向かって残りの人生を生きていくと腹をくくりました。このように考えるようになったのも、家族だけだけではなく、幼稚園で出会った小人達のおかげでもあります。正直、小人達に負けたくなかったし、小人達がここまで成長できるのであれば、自分にもまだ成長したいという希望がありました。結局、パパは小人達から日々勇気と可能性、自信や生きる力をわけてもらっていたと思います。

人生の中で、ここまで勉強や仕事以外に時間を費やしたことはありませんでしたが、それもすべてはいい経験でした。今年お世話になった方々、出会った方、幼稚園の小人達、そして、妻やパパの小人達。本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

それではみなさん、よいお年を。

 


小人の言葉は、家庭環境の鏡。 [育児]

パパです。今日、本屋さんに隣接している「ミス〇」に行きました。テーブルコーヒーを飲みながら書類を書いていると、隣の席にお母さん、お祖母さん、小2の長男、そして、4歳くらいの長女の家族がやってきました。4歳の長女は落ち着きがなく、行動も幼い感じ。お母さんは何かイライラしていて、お祖母ちゃんも疲れている様子。冬休み子供たちと一緒にいる時間が多くなって困っていたのでしょうか?長男は本屋内にある文房具が欲しいようでお母さんに訴えていましたが、お母さんはこう言いました。

お母さん「あんた、小3から数学が難しくなるけど、大丈夫?じゃ、偶数って10の中で言うと何?」

長男「うー、2、5、6、8、9?」

う~ん、おしい!!2と6と8は正解だったなあとパパが思ってっていたら、隣のお母さんが激怒した

お母さん「あんた、こんな簡単なこともわからないの!?きちんと勉強しているの?そんなことしているとチャレ〇ジ辞めてもらうよ!!」

長男「え~やりたい。チャレ〇ジを見たらわかるもん

お母さん「だってこの場で解らなかったら意味ないでしょう!!」

おおーい、わからないからチャレ〇ジで勉強してるんでしょ?!それを辞めてたら尚更べんきょうをする機会が少なくなり、もっと勉強が分からなくなってしまうような・・・ミスドで偶数いえなくても何にも問題ないと思いますが・・・。そこにお祖母ちゃん登場。

お祖母ちゃん〇〇ちゃん(長男の名前)、しっかり勉強しないとダメよ。もし、お祖母ちゃんが死んだらあなたはどうなるの!!」

おおお~い。長男はお祖母ちゃんが死んだら勉強できなくなるのか?そんなもんか?いい大人が小人を脅してどうするのでしょうか?このようなよくわからない会話のあと、長男は面白くなさそうに店を飛び出して行きました。その時、4歳くらいの長女が言いました

長女「ねえ、また叩くの、また叩くの?」

何~、いつも長男はたたかれているの?ちょっと想像して、愕然としました。確かにたまにカーッとなって手をあげてしまうことも否定しませんが・・・この長女が平然と言ったセリフは、何を示しているのでしょうか?でも、お母さんもお祖母ちゃんもそのセリフを否定しないのです。いろいろな家庭環境がありますので、是非は問えません。しかし、小人達が常に大人達を観察した結果、小人の些細な言葉や行動に表れていることを実感しました。やはり、学校や家族内での限定的な『大人』という存在しか見ていないと、小人達が学ぶことのできる発言、行動の幅も限界があると感じました。見本となる大人が近くにたくさんいないことは、けっこう不幸だと思います。大人の身勝手な価値観の押しつけは小人を責めて、追い込むだけです。それを続けていくと、いずれ小人達との信頼関係が崩壊していく危険性もあるかもしれません

偶数や勉強もほどほどでいいから、せっかくの家族のお出かけを楽しんでもよかったのですが・・・。小人だって言われたら嫌なこともありますが、伝え方によって受け止められることもあるので、小人達の性格、気質を理解したうえで話をしてみてはどうでしょうかね

「言葉は人を殺すこともできるしし、人を生かすこともできる」。私は常にそう考えてます。

~今日のいいこと~

夕方、長女のスキーを購入しにいきました。スキーが仕上がるのは90分かかるとのことだったので、待ち時間の間、長女と一緒に夕食を食べましたもしかしたら初めての経験だったかも。去年の今頃はまだ仕事もしていて、長女とゆっくり夕食を食べれることなんて皆無でしたが、今年はできてとてもうれしかったです。来年4月の仕事までまだ時間もあるし、その時間内で家族と一緒にもっと楽しい時間を過ごしていきたいと思っています。長女よ、ありがとうね、また一緒に食べに行こう。


「感謝祭」に心から感謝します。 [育児]

パパです。今日は私と小人達が通園している幼稚園の「感謝祭」でした。

今日のパパは、8時に起床。しかし、寝坊!!もっと早く起きて「芋煮鍋」の準備に取り掛かるはずだったのに・・・。事前に作り方は調べていましたが、里芋の皮むきが苦手。申し訳なかったのですが、妻に手伝ってもらいました。「芋煮鍋」といってもシンプルな料理で、基本は里芋、牛肉、長ネギ、こんにゃく、キノコ類、砂糖、醤油、水、酒で完成!!とにかく食事抜きで大量の食材の形を整えて、家族みんなで幼稚園に向いました。

「感謝祭」では家族で料理を持ち寄ってみんなで食べようというコンセプトになっています。10時半ころに幼稚園に到着。カセットコンロを使用して早速、「芋煮鍋」の調理を開始しました。そこに一人のお母さんが・・・

お母さん「〇〇さん(パパの名前)、今日何作るの?」

パパ「いや~簡単に『芋煮鍋』を作ります」

お母さん「え~、私も一緒

何~!!鍋物もたくさんあるのに、あまり北海道にゆかりのない「芋煮鍋」がかぶるの?!話を聞くとそのお母さんは山形出身で、よく「芋煮鍋」を作るそうです。やっちまたなあ~。ちょっと予想しない展開に動揺しながらも約30分程度で料理を完成。近くの台所では昼食の調理でお母さん方が大忙し!!11時40分頃には、各家族が持ち寄った料理が完成し、机の上には約70品くらいの料理が並びました。いや~かなり豪華な手作りバイキングです。小人達が食器を抱え、今や遅しと自分で何を食べたいか狙いを定めています。スタッフの「それでは、いただきま~す」というという掛け声と同時にみんなダッシュ!!一番人気は・・・デザートって、いきなりおやつかよ!!ホント小人達は本能に正直ですね。でも、年に1度他のお母さんが作った手料理を好きなだけ選んで食べられるなんて幸せな体験なのかもしれません。パパの「芋煮鍋」も多くのお父さん、お母さんからお褒めの言葉をいただき無事に完食となりました。ありがとうございました。他の手作り料理も最高においしかったです。

でも、何かが足りない・・・。というわけで、パパが事前に買ってきたビール(但し、ノンアルコール)で、顔見知りのお父さんと一緒に乾杯しました。一度はやってみたい!!と思っていた野望だったので、実現できて最高でした。やっぱりお父さん同士、酒という雰囲気でも盛り上がれるもんですね~

食事の後は、家族でゲームや出し物で盛り上がりました。お母さんによるピアノ演奏や絵本の読み聞かせ、大縄跳び大会やいす取りゲーム、お父さんによるジャグリングなど、多種多彩で驚きと喜び笑いの連続でした。中でも長女が参加した卒園生によるダンスは感動しました。現象にはそこに行きつくまでにいろいろな見えないいきさつや努力、苦労があります。長女は、この日のために夕方や土曜日に幼稚園で学年の違う子供たちと一緒にダンスの練習をしてきました。パパもほとんど練習を見てきたので、そのダンスには心が熱くなりました。そして、ダンスを教えてくれたのは、この幼稚園の卒園生。忙しい時間を割いて、卒園しても幼稚園の小人達のために力を注いでくれるなんて、とてもありがたいことです。来年の3月で札幌を離れる長女にとっても忘れられない思い出になったと思います。

16時半ころから、部屋を暗くしてキャンドルサービスをしました。スタッフが事前に作ってくれた氷の飾りを使って、お父さん方でオブジェのような飾り付けをします。そこには顔見知りや初めてなんて関係ありません。出会ったお父さん方で相談しながら一つの形を作っていきます。小人達はその頼もしそうな姿を近くで見ています。それが完成したら、部屋を暗くして選ばれたお8人の父さんにより、最初にオブジェに火を灯します。今年が最後という配慮もあってか、パパもその一人に選ばれました。暗くなった部屋の中、オブジェに火を灯し、各自で準備していたロウソクを持った小人達にも火を分けてあげます。それはとても幻想的な世界です。なかなかパパの言葉では表現できない、なんとも不思議な、そして感動を覚えます。最後にスタッフや園長が優しく小人達に語りかけます。そして、その言葉はお父さん、お母さんへのメッセージへ聞こえます。いつか、このメッセージがこの幼稚園だけではなく、多くの人々へのメッセージとして広がっていったらいいなあと思いました。

世間では「クリスマス」ムード一色ですが、この幼稚園にはクリスマスツリーもないし、形あるプレゼントもありません。でも、多くの家族が集まって、共に時間を過ごせることが小人達にとっても、そして大人達にとっても経験できない最高のプレゼントなのかもしれません。みなさんはどんなクリスマスを過ごし、感謝する心を感じましたか?来年も皆さんに素敵なクリスマスが訪れることを祈っています。

~今日のありがとう~

キャンドルサービスを終えた後、今年で最後の「感謝祭」だな~と思って、近くにいた二女に聞きました。

パパ「菜〇、ここの幼稚園に来ることができてよかったかい?」

二女「パパ、ありがとう。」

「よかったよ」という言葉を超えて、「ありがとう」という言葉を言うとは・・・。来年3月にこの幼稚園から離れてしまうのは、パパのわがままのせい。本当はもっとこの幼稚園で多くの小人達、大人達と一緒の時間を過ごしてほしい、そして、4人の小人達もそれを望んでいる・・・その事実もわかっているのに、そうさせてあげることができない自分の情けなさと申し訳なさに涙がこみ上げました。みんな、ごめんね。これ以上後悔しないように、残り三カ月、この幼稚園で自分の小人達だけでなく、すべての小人達の成長を心に刻んで生活していくね。二女よ、大切な気持ちに気づかせてくれてありがとう


クリスマスの話題をフライングゲット!!してみては。 [育児]

パパです。夕方久しぶりにプログを更新したあと、今までの更新内容を見直してみました。ちょっと前回のは、まじめに話しすぎて遊び心が足りないと反省し、今日は特別にもう一回更新してみました。今回は気軽な気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。『不登校』の話はまた後日にしますね。

皆さん、明日はクリスマス・イブですね。今日我が家は珍しく、20時くらいにみんな布団に入りました(三枚の布団に6人が寝ていますが、右端から長女、三女、妻、長男、二女、パパと決まっています)。その理由は、二女が「早く寝ないとサンタさんが来なくなる」との発言。パパが「菜、サンタがくるのは明日なんだけど」というと、二女「前の日からいい子にしていないとサンタは来ない!!」と自信ありげに訴えたからでした。そのあと、長女がこんな発言をしました。

 長女「桃はクリスマスプレゼントは〇〇がいいなあ~」

 妻「サンタさんは、そのこどもにあげたいなあと思うプレゼントを持ってくると思うよ」

 長女「そういえば、パパがサンタさんに手紙を届けてくれるって言ってたよね」

 正直、そんな約束をした記憶はないのですが・・・。

 パパ「そんな約束、お前とした記憶ないぞ。だいたい桃は、もうサンタに手紙書いてんの?」

 長女「いや、明日書くから大丈夫!!」

 おお~~い。まだ書いてないのかよ!!かなり迷惑!!だいたい明日の朝手紙書いて夕方までに届くところにサンタは住んでないから!!しかし、そのあとの長女の発想がすごかった。

 長女「サンタさんは、すぐにプレゼントを用意できるしすでに桃のプレゼントを買っていたら、それは他のこどもに回せばいいから

 なんという自己中心的な発想!!でも、パパに疑問が・・・

 パパ「じゃあ、他のこどもも桃のために準備したプレゼントをいらないってなったらサンタさんはどうすんの?」

 長女「その時は、余ったプレゼントをサンタさんが総取りするの。または、サンタさんがお店屋さんに行って、『すいません、このプレゼントいらないので、返品したいんですけど』て言えばいいんじゃない?

ある意味、小学校4年生の最強な発想!!クリスマスにサンタクロースがお店で余ったプレゼントを返品している姿を見たことはありませんけど!!でも、おもしろい発想で、想像したら楽しくて大声で笑ってしまいました。まず、お店にサンタクロースが入ってきたら不審者扱いで、警察に通報されますよ~。でも、もしかしたらこどもにあげたプレゼントが不評な場合、お父さんがサンタのコスプレでお店に返品にいったら応じてくれるかも・・・。そんな遊び心をもう少し許してもらえる社会であってほしいかな~

パパは「サンタクロースがいることを信じている」って聞かれたら、「必ずいるよ!!」って答えています。あ、カッコつけてるとか、嘘をついているつもりはありません。本当にいたんですよ。それも自分の心のなかに。

今から11年前、パパは福祉職である医療相談員として働いていました。パパは大学院を卒業後、同期が教授等の研究職として就職をした中でたった一人福祉現場で働くことを決めました。その時はあまり人間の「生きる意味」「死ぬこと」「幸せ感」なんてあまり考えたこともなく、かなり物事を理論的、論理的に捉える事が多い、おもしろくない人間でした。そこに人間の生きる姿を見せてくれたのが多くの高齢者の方々でした。そんな中にUさんという92歳の女性の高齢者の方がいました。在宅で生活していたのですが、認知症が進んで家族が介護できなくなったという理由で隣町の高齢者施設に入所することになったのです。それまでUさんや家族の生活支援をしていたパパは入所してからも何かUさんにしてあげたいと思っていました。すると、今までの自分にない発想が・・・。

自分がサンタクロースになってクリスマスイブにプレゼントをもっていってあげたい!!酒でも飲まない限り(飲んでもイヤ)、仮装なんて思っていたのに、その時は躊躇なく、クリスマスイブの日、仕事を終えてから私服に着替えず、サンタクロースのコスプレをして隣町の施設まで車に乗って行きました。かなりいろいろな人たちの視線が痛かった!!でも、その時は他人の評価なんて関係なくて、ただUさんに喜んでもらいたくて、プレゼントを贈りたかった気持ちだけでした。施設に入ると窓口にいた職員はドン引き半分、歓声半分。実は、隣町の施設には当時の彼女(現在の妻)が同じ相談職として勤務しており、パパがサンタクロースになって登場することを事前に連絡していたのです。もちろんUさんの家族にも承諾済み。そうでなければ不審者扱いで、施設に入れないどころか、警察に通報されて仕事もクビですよ(苦笑)。今考えたらよくやったなあと思いますが、プレゼントを受け取った時のUさんの嬉しそうな顔が今でも忘れられません。そして、パパがUさんと会ったのがこれが最後でした。翌年にパパは転職札幌へ行くことになり、数年後、Uさんがその施設で亡くなったことを知りました。毎年、クリスマスになるといつもUさんのことを思い出します。

実は、その時に撮ったパパと妻とのツーショット写真が今でもパパの部屋にかざってあります。その写真を見ると今でも考えるのです。パパはUさんのためにいい生活支援をできたか、それがUさんにとって本当に幸せな時間だったのか・・・。まあ、その答えはUさんだけしかわかりません。もし、福祉職として自分の支援が正しかったと勝手に判断した瞬間、その答えは傲慢以外の何ものでもないと思います。自分の気持ちは、自分以外の人に100%理解してもらえるできることは難しいと思います。20~30%理解できれば上出来です。でも、人はだれかに自分のことを理解してほしいと願うから、何かを伝えることを止めないのかもしれませんね。

最近は、また誰かのためにサンタクロースも悪くないかなと考え始めています。でも、自分の小人達のサンタクロースは勘弁。毎年、サンタのコスプレでお店でプレゼントを返品するはごめんですから(笑)

また、長文でした。すいません。ちなみにクリスマスイブに自分の車が放火された・・・なんてブラックな笑える過去もあるのですが、それはまたの機会に。

~今日のいいこと~

実は、25日にいつもの幼稚園で「感謝祭」という行事があります。その時のお昼ご飯をどうするかを妻と相談した結果、二人の大学時代の思い出の地、仙台で食べた『イモ煮』を作ることにしました。材料と鍋とカセットコンロを幼稚園内に持ち込み、その場で小人達に手伝ってもらいながらおいっしい『イモ煮』を作って食べる・・・家族みんなで楽しめそうですよね。近くの家族にも分けてあげたいです。その結果はまた次回に。人間いつまでも人生を楽しめる発想は忘れないでいたいですね。

 


「こども」とは『子供』ではなく、『小人』と捉える感性が必要かな~ [育児]

いや~なまら更新せんで、何カ月もたってしまいました。苦しい言い訳ですが、家事と育児に向き合うのは難儀!!小人が4人の我が家は食事でしょ、洗濯でしょ、お弁当作りでしょ、お風呂でしょ・・・。どこに休む機会があるんだ!!って大声でいいたい!!これではお母さんは体調も気分も悪くなることもそりやーある、ある。人間、そんなに強くないし、立派でないよ~。どうしても耐えられないときは、『イクメン』『イケダン』なんてよくわからん発想に便乗して、プチ家出か小旅行でもお母さんはしてください。その行為はバチあたらんと思いますよ。お父さんが育児や家事をすることは特別ではなく、家族が幸せになる大切な条件だと思います。

おかげさまで、来年の4月から新しい場所で生活できることも決まり、現在は不動産の売却や引っ越し業者の選定に奮闘しています。なんか新しいことにチャレンジできることはホント楽しみですね。

でも、なにより楽しみなのは、小人たちの大きな成長ぶりです。半年間でこれだけ成長するとは・・・。正直、驚いています。まあ、幼稚園に一緒に行って、いろいろな小人達、お父さん、お母さんと関わったり、観察しているから気がつくことですが・・・。普通の幼稚園だったらここまで成長することはなかったと思います。同時に、私も価値観や感性が変化することもなかったし、育児も家事もうまくなることはなかったかも(笑)。なんか自分も成長できているなあと思い、毎日が苦しいけど、楽しいです。

ところで、みなさんはじぶんの「こども」を『子供』と見てますか?それとも『小人』と見てますか?私は最近『子供』から『小人』へ視点がシフトしました。自分の発想では、この世界は不条理で、理不尽で、不平等な存在です。平和な国では人を殺せば「犯罪者」、紛争が絶えない国では人を殺せば「英雄」です。生まれてくる小人には、親は選べません。というより、小人は選んできても、その選択を「自己責任」と切り捨てることはできないはず。生まれたときからすでにお父さん、お母さんなどの家族環境や収入や血筋などの付随環境が平等なんて嘘ではないでしょうか。

あえて世の中に平等という存在があるならば、私はみんな「生まれ」「死ぬ」、そして「人間」という3つかなあと考えます。人は「生まれて」初めて存在しています。そしていつか必ず「死」にます。理屈ではありません。でも、『当たり前』すぎて、普段考えないことですね。『当たり前』という発想は自分が今まで培ってきた自分勝手な価値観と期待でしかなく、この世の中には『当たり前』なんて存在しないことに『大人』は早く気がつくべきかもしれません。その事実を気がつかせてくれるのが『小人』なのかなと思うのです。私たちはどこかで『大人』のほうが偉い!!とか存在が上!!とか、なんでもできる!!なんて勘違いしていませんか?私は『大人』も『小人』も対等だと思います(ヘタしたら『小人』のほうがすごい!!かも)。『大人』は経験や知識、能力が長く生きてきた時間の中で備わっている。でも、いずれ『小人』だってその時間や機会があれば十分私たち以上の『大人』になる可能性はあり、今はその時間がない分、『大人』よりできないことが多いだけです。0歳も40歳も、『大人』も『小人』も、要するに同じ『人』という存在なのです。そこを気がつかないでただ「子供」と判断するから平気で見下したり、都合のいい嘘をついたり、手を上げたり、殺してしまう現実もあるのではないでしょうか。「子供」だからって・・・その感性は不幸です。『小人』の行動は事実に対して誠実で、感情、言葉、関わりに裏表がありません。もし、裏表があるならば、今の家族環境や生活環境に変化や改善の余地があるのでは。『小人』は繊細で、正直で、よく『大人』を観察しています。『大人』が思っている以上にです。半年近く、自分以外の『小人』達、0歳から小学生、約70人近くを毎日観察して、関わっていると自然とわかってきました。それは、私が今まで学校で勉強して得た理論や知識から出た「答え」をはるかに超越した「真実」です。その「真実」が私の通っている幼稚園には存在しています。

私は、この幼稚園の『小人』達なら未来を託せると思っています。理不尽で不条理で不平等な世界を変えることはできないかもしれませんが、少なくともこの幼稚園で育った『小人』達は近くにいる『人間』を幸せにできる可能性を大きく秘めています。私は、この『小人』達を同じ対等な『人間』として共に生き、これからも彼らから自分の価値観や感性を再確認できるようにしていきたいと思います。

ちなみに、長女(9歳)、二女(7歳)は、ほとんど小学校に通っていません。長女は週2回程度、二女に限っては5月以降はまったく学校にいきません。文部科学省定義では『不登校』という存在になりますね。小学校にはほとんどを行かないで三女、長男と一緒に幼稚園で時間を過ごしています。では、『不登校』っていう現象はどう捉えるべきか。もし、あなたの『小人』が不登校になったらそれは悲しいこと、恥ずかしいこと、異例なことでしょうか?学校に行くのが『当たり前』ですか?学校に行かないとダメですか?それは、『大人』の勝手な思い込みや期待であり、それをベースにして可能性のある『小人』を責めていませんか?生まれた瞬間から『大人』も『小人』も同じ「人間」であるならば、対等な「人間」から一方的に押し付けられる期待や価値観が、どれだけ人に不快やプレッシャーを与えることは、私たちが『小人』のときに嫌というほど経験してきたはずなのに・・・。それを自分の『小人』にも『当たり前』という発想から押し付けることは・・・。どうなんでしょうか。いや~~。幼稚園で日々そう感じています。『小人』は私たち『大人』に何かを問いかける貴重な存在なのでは?その感性があったらもっと『小人』を愛せるし、大切と思うし、接し方も変われるのでは?よかったらお父さん、お母さん、身近な友人たちで話してみてはどうでしょう。以外に自分の「当たり前」が「当たり前」ではないかも・・・。自分を成長させるチャンスですよ。

いや~かなり長文!!最後までお付き合いしていただいた方、ありがとうございま~す。なんか三カ月以上更新していないと駄目ですね。できれば・・・一・ニ週間に1回くらいは更新したいです。ちなみに次回は私の『小人』達がなぜ「不登校」になったのか、そして「不登校」の是非について考えてみたいと思います。ちなみに、私個人は「不登校」は大いに結構!!ただし、「不登校」を認める以上、周りから非難や批判をうける覚悟と、『小人』が成長できる環境や機会を責任もって『大人』が持つことが大前提です。『大人』が何もしないでただ「こどもの意志を尊重していますから」はちょっとね・・・。

~今日のありがとう~

先週の話ですが、同じ幼稚園のお父さん方と忘年会をしました。普段会えないお父さん方と酒をのんで楽しかった!!職業も千差万別。IT業界、教師、新聞記者、BARや焼き肉やのオーナー、製薬会社の営業、建築士、写真家、幼稚園のスタッフ、そして無職の私など。価値観や感性もそれぞれ異なりますが、その発想や考え方は私にないもので最高!!勉強になったと同時に、改めて来月40歳になる私まだまだ成長できる余地があるなあと思いました。いろいろな話をしてくれたお父さん方、ありがとうございました。そして、そんな『縁』をもたらしてくれた今の幼稚園と、その幼稚園を選んでくれた妻、楽しんで通園している小人達に感謝しています。本当にありがとう!!


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